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「君の名は。」がつまらない・がっかりという批判・批評について思うこと

いまさらながら「君の名は。」を鑑賞しました。

大ヒットしただけあっておもしろいなあと思いましたが、やっぱり批判的な意見もあるようです。

好みってものがある以上、嫌いな人がいるのは仕方のないことです。

でも、Amazonレビューとかで書かれている、「浅い」とか「テーマがない」とか「宮崎駿監督の方が・・」とか「矛盾だらけ」みたいな感想はちょっと違うんじゃないかなあと思いました。

こういう感想を見るたびに、「素直に映画楽しめばよいのに」って思いますね。

 

 

映画は「深みのある」ものでなきゃダメなのか?

薄っぺらな世界観に薄っぺらいキャラクターが動くだけのなんの重みもない作品でした。
映像をきれいにする以前に、ストーリーや設定を重視して映画作りをしたほうが良いのではないでしょうか。
これだけ設定がカスカスなのにも関わらず、これを映画として公開していたということが本当にゾッとします。(Amazonレビュー)

大切なことですがこの作品を観ても何も残りません。ジブリは観た後に考えさせられること、人と共有したいことがたくさんありますがこの作品にはありません。ポスト宮崎駿?冗談はこの作品だけにしてほしいです。(Amazonレビュー)

キャラクターは平板、ストーリーはこじ付けが多く、スッキリ胸に落ちない。
日本にはジブリという傑出した独創的なアニメがあるためか、どうしてもジブリと比較して平板に見えます。(Amazonレビュー)

「宮崎駿」の作品は「深み」があって、「新海誠」の作品には「深み」がないみたいなレビューが多かったです。

まあ、宮崎駿の作品は「深み」を感じさせる気がしますよね。

なんでなのって考えると、宮崎駿の作品って、2つの特徴があるからなんです。

まず一つ目は、宮崎駿監督の作品には、「現代」を舞台にした作品がほとんどないのです。

「風の谷のナウシカ」

「天空の城ラピュタ」

「魔女の宅急便」

「もののけ姫」

「千と千尋の神隠し」

「ハウルの動く城」

「千と千尋の神隠し」だけが序盤とエンディングだけが「現代」を舞台にしています。

つまり、宮崎駿監督の作品は、宮崎駿の作り出したワールドの中で展開されています。

そして、これが決定的な理由なんですけど、宮崎駿監督の作品はストーリーが短い期間で語られ、断片的な世界観だけをみせるものが多いんです。

「天空の城ラピュタ」とか、「千と千尋の神隠し」とか、1週間くらいの出来事ですよね。

宮崎駿監督は壮大な宮崎ワールドを作り出しながら、それをほんの一部しか見せないのです。

だから世界観が映画鑑賞をした人の中で大きくなり、深みのあるような感じになる。

 

一方で「君の名は。」は徹底的に「現代日本」の中で描かれます。

新海誠監督は基本的に青少年向けに映画を作っていると言っています。

青少年向けに映画を作るときに、現代日本を舞台にした方が説得力がありますよね。

そして物語の時間軸も長い。

そうするとどうなるかというと、「深みがない」という感想になるのです。

あまり想像の余地が無いように思われやすいんですね。

逆に「聖地巡礼」みたいなことが流行ったりします。

なぜなら映画を見た人が「今自分の住んでいる世界の一部」を体感して楽しみたいからなんですよね。

自分と近しいものと繋がりたい。

そう思うのは「若者」にとって割とわかりやすい感情であり、そこには「深み」なんてものは必要ないんです。

「君の名は。」の中で描かれる超常現象的なところというか、非科学的な部分は「点」でしか描かれません。

超常現象的なところは一つのイベントであって、そこが深淵である必要はない(新海誠監督が描きたいところではたぶんない)からです。

 

作品に「テーマ」が見いだせないとダメなのか?

映像・音楽共に素晴らしいのですが、作品のテーマが私にはわかりませんでした。
アニメを見るなら、宮崎駿監督作品をおすすめします。(Amazonレビュー)

テーマがないのはポップコーン食べながら時間潰すような痛快な娯楽映画なら良いのですが、これは違うと思ってました。画像と音楽はとても緻密で素晴らしいのですが、内容の薄さ、内容の無さで0点です。(Amazonレビュー)

宮崎駿監督の映画ってテーマがありますよね。

「君の名は。」という映画に宮崎駿的なテーマ性があるのかと言われれば、自分も無いと思います。

 

どこからどうみても「君の名は。」という映画は「恋愛」に主軸を置かれているのであって、そのほかにテーマと思われるところはあまりない。

そもそも監督自身がこう言っています。

人生には出会うべき相手がいるというテーマ、つまり「運命の人って、いるんだよ」ということですよね。それを、もう少し長い物語で描きたいと思ったのが最初のきっかけですね。(シネマトゥディ)

www.cinematoday.jp

かろうじて「結び」という言葉をおばあちゃんが語りますが、それとて二人の「恋愛」を補完する意味合いしかないように感じます。

 

一方で宮崎駿監督の作品は「恋愛」をテーマにしたものではありません。

そうするとほかの「テーマ」がなければつまらないことこの上ない。

宮崎アニメって、どうなるか想像つきますよね。

基本的に主人公が大人になって物事が解決されて終了です。

宮崎駿監督はテーマを映画の中にいくつか組み込んでいるような気がしますが、すべての作品に通底するテーマはこれだと思います。

 

新海誠監督の作品は、主人公の成長という点にはフォーカスしてないのだと思います。

だから、主人公である三葉も瀧君も基本的に最初から最後まで人物的に変わるところはありません。

まあぶっちゃけ思うんですけど、人間がそんな簡単に成長するわけないんですよ。

そのへん、個人的には非常にリアルな感じがしますし、そこが若者には受け入れやすいんじゃないのかと思います。

逆に成長しちゃったら白けちゃうんじゃないのかな。

 

作品に矛盾があってはいけないのか?

作品に矛盾があるからいやだという感想もありました。

この手の感想って、ぶっちゃけ参考にならないというか、「映画小説を見るんじゃねえ

」って思ってしまいます。

自分は、この感想言っちゃう人って、映画とか小説とか好きじゃないと思うんですよ。

それ言い出すと何も面白くなくなるよねと思います。

 

たとえば「火垂るの墓」

あんなのリアルさのかけらもない。

だって、「火垂るの墓」の節子があんなふうに死ぬわけないんです。

海軍軍人(しかも大佐とかいうけっこうな階級)の子供なんだから。

おばさんが海軍軍人の子外に追い出せるわけないんです。

海軍軍人の子供で、まだ終戦してないんだから。

非国民扱いされますよ。

でも、みんな映画館で泣きましたよね?

自分もふつうに泣きました。

矛盾がある作品はすべてダメという話であれば、そもそも映画や小説なんて探せば矛盾だらけだと思うんですよね。

あまりにも目につく虚構は白けますけど、それほどひどくなければそれでよいんじゃないかなあと思います。

小説や映画は矛盾だらけですから、矛盾があると楽しく感じなくなる人って、映画や小説をそもそも読んで楽しめるタイプではないのではないでしょうか。

 

批判する業界人、大体売れてない

業界人と呼ばれる人で、おもしろくないって言ってる人もいます。

ただ、これは悪口と分かって言わせてもらうと、批判している人自体の作品が大しておもしろくないというのは言い過ぎでしょうか。

 

江川達也(漫画家)
「まあ確かに、こりゃ売れるなとは思いましたよ。丁寧に売れる要素をぶち込んでて、まあ言ってみりゃ”大人のドラえもん”みたいなもんでね」「ただプロから見ると全然面白くないんですよ(笑)。作り手側から見ると作家性が薄くて、売れる要素ばっかりぶち込んでる、ちょっと軽いライトな映画って感じで。絶賛してる人はいるんだけど、そういう人が、面白くなかったという人に対して凄いディスってるんですよ。”みんな観なきゃダメだよ!”とか言って。だからある種、『君の名は。』はファシズム映画なんですよね」(フジテレビ「バイキング」より)

なんだろう、「お前が言うな」感がありますね。。

石田衣良(小説家)
「たぶん新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか。それがテーマとして架空のまま、生涯のテーマとして活きている。青春時代の憧れを理想郷として追体験して白昼夢のようなものを作り出していく、恋愛しない人の恋愛小説のパターンなんです。(「NEWSポストセブン」より)

作品に対する批判になってない気がするのは私だけでしょうか・・

そんな批判なら誰でも書けるのではないかと思ってしまします。。

 

個人的には、大人からくだらないっていう感想が出てくる作品こそが、実はよい作品になることが多いと思うんです。

「小説」だって出てきた当初はすごく批判されて、隠れて読むものだったし、「漫画」だってそうですよね。

「宮崎アニメ」だって初めは女子供の見るものくらいの扱われ方だったわけです。

「君の名は。」も、いい年した大人の人がくだらないとかつまらないとか言ってるというのが、この作品がヒットした実は一番大きな要因を示しているんじゃないかと思いました。